●田中貢太郎と博浪沙●
<博浪沙とは>
昭和9年の「佐々木味津三を偲ぶ会」が機縁となった田中貢太郎を囲むグループ。 |
<井伏鱒二と田中貢太郎>
| 井伏鱒二は、田中貢太郎の愛弟子であった。その無名時代は、貢太郎の名前抜きには語れない。 貢太郎は井伏の生活費などの面倒をみながら漢籍の勉強をさせ、また小説の勉強のために佐藤春夫に紹介したりした。 貢太郎が土佐人であったことから、井伏も何度か土佐を訪れている。 田中貢太郎が安芸市の小松屋旅館で倒れて危篤になったときに、井伏らが駆けつけた体験は、のちの「へんろう宿」に生かされている。 |
◆田中家酒宴の図(当館複製。日本近代文学館蔵)◆
貢太郎は土佐人らしくたいへん酒を愛した。
貢太郎のもとに集まった多くの文人たちは、貢太郎の人柄を慕い、ともに酒を酌み交わし、語り合った。