田中貢太郎と博浪沙


<博浪沙とは>

 昭和9年の「佐々木味津三を偲ぶ会」が機縁となった田中貢太郎を囲むグループ。
 同人雑誌「博浪沙」を発行。誌名は、漢の張良が秦の始皇帝を襲撃した地名によるが、暗に文壇の大御所・菊池寛への反逆の意を含む。
 第一次(昭和9
.8〜10.4)には、尾崎士郎ほか井伏鱒二馬場孤蝶浜本浩、寺田瑛、丹羽文雄、添田さつき、鈴木彦次郎ら20余人が関わる。

 第二次(昭和
13.8〜18.10)は、執筆陣も広く文化人にまで拡大し、随筆のほか短編小説も掲載、田岡典夫がその編集を担当。
 田中貢太郎追悼号はとくに貴重である。
 戦時下の出版統制により廃刊を余儀なくされるも、文壇の権威に拘泥しない、貢太郎を要とした友好と、新人への執筆の場の提供など、その果たした役割は大きい。


<井伏鱒二と田中貢太郎>

 井伏鱒二は、田中貢太郎の愛弟子であった。その無名時代は、貢太郎の名前抜きには語れない。
 貢太郎は井伏の生活費などの面倒をみながら漢籍の勉強をさせ、また小説の勉強のために佐藤春夫に紹介したりした。
 貢太郎が土佐人であったことから、井伏も何度か土佐を訪れている。
 田中貢太郎が安芸市の小松屋旅館で倒れて危篤になったときに、井伏らが駆けつけた体験は、のちの「へんろう宿」に生かされている。

 


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◆田中家酒宴の図(当館複製。日本近代文学館蔵)◆
貢太郎は土佐人らしくたいへん酒を愛した。
貢太郎のもとに集まった多くの文人たちは、貢太郎の人柄を慕い、ともに酒を酌み交わし、語り合った。

 


 

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