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寺田寅彦(1878〜1935)。その生涯は科学と芸術が渾然一体となった人格の発露 |
| ●<ミニ企画コーナー> | 寺田寅彦のドイツ留学〜ゲッティンゲン時代〜 |
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寺田寅彦は、宇宙物理学を学ぶためにヨーロッパ留学し、ベルリンや ゲッティンゲンの大学に通っていました。しかし、ドイツ・ゲッティンゲン 時代の寅彦の日記は現存せず、どのような生活を送っていたのか、 あまり知られていません。 その頃の寅彦を知ることができる資料として、寅彦と同時期に留学して いた高辻亮一の日記『独逸だより』があります。この日記は、ご遺族の方 によって出版されていますが、限定で50部しか出されていない私家版の本 なので、なかなか読むことができませんでした。 ところが昨年、高辻亮一の義理の孫にあたる高辻玲子氏が、祖父の日記を 元に『ゲッティンゲンの余光―寺田寅彦と高辻亮一のドイツ留学』という本を 出版されました。 そこには、寅彦をはじめとする明治時代の青年留学生たちの姿や、ドイツの 一般家庭の平凡な日々が描かれています。 (寅彦が、余興でよさこい節を歌ったという意外なエピソードも……!) 今回の展示では、寅彦のゲッティンゲン時代を取り上げた展示となっています。 貴重な資料を展示できるのは高知県立文学館ならでは! 皆様お見逃しなく!! 主な資料 ・高辻亮一『独逸だより』(限定50冊の私家版) (大吐血を起こした修善寺大患の後、留学中の寅彦に無事を知らせるはがき) |
| ●<寺田家の人々> | |
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寺田寅彦は、幼少時代を故郷・高知で過ごした。 二人の姉の婚家別役(べっちゃく)家と伊野部(いのべ)家の人々、 特に、同年代で甥にあたる別役励夫(れいふ)、亮(りょう)、伊野部重彦、 陟(のぼる)らとの交流は寅彦の人間形成に大きな影響を与えた。 熊本・五高時代には、その人生を大きく決定づける夏目漱石・田丸卓郎 と出会った。 科学者としての経歴は実に多彩で、気象物理、水産物理、地震研究、航空 物理など各分野で大きな足跡を残している。 一方、家庭人寅彦にとって妻を病で二度までも失う悲劇的体験はその 後半生に拭いきれない寂寥の影を落とすことになった。 |
| ●<文学者寺田寅彦> | |
| 漱石らによって文学的才能に開花した寅彦は詩心と科学精神が一体化した 古典的作品群を数多く残し、日本文学史の系譜の中に独特の位置を占めた。 それは、中谷宇吉郎他、理数医系名文家に引き継がれる。 叙情的写生文から出発して、大患後は、科学者の目で、近代の語り部のよ うに、現代風景や生活断面を描いた。科学や文学・美術・映画等の評論や、 憂国の文明批評や郷土ものにも卓越した文学世界を構成、先見性が光ってい る。 ※展示・・・夏目漱石宛書簡・絵はがき、自筆原稿、著作など |
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| ●<科学者寺田寅彦> | |
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寅彦は、専門の物理学の分野においても多方面の研究を行っている。 その研究対象は、 1 純粋物理学、 2 防災や水産など社会的に要請された研究、 3 生活の中の不思議に関するどちらかというと趣味的な研究 に大別することができる。 彼の研究は、余り経費をかけないものが多いが、その着想は素晴らしく、 実証を重んじ、実験を繰り返して多くの資料を集め、推理力を働かせる。 その科学する態度の根本を貫くものは「創作」であり、このことは文学に ついても同じであると述べている。 ※展示・・・タイプライター、論文原稿など <ミニ企画コーナー>・・・椿の落下について |
| ●<寅彦と芸術> | |
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寅彦は生涯に油絵約140点、日本画、水彩画など約300点の作品を |
| ●<寅彦ゆかりの人々> | |
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文学関係者他、科学関係者、門弟などを紹介
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| ●<映像コーナー> | |
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ビデオ映像コーナー「寅彦実験室」では、寅彦が実際に行った実験を |
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