反骨の大衆文学

高知出身の大衆文学の作者は、探偵小説家と大衆小説家の二系列に大別され、それぞれに中央文壇で活躍。
かれらの作品に共通するのは、破邪顕正の反骨精神である。
「万朝報」の経営に成功、「新聞王」の名をほしいままにした黒岩涙香はわが国探偵小説の生みの親でもある。
その翻案探偵小説は満天下の読者を魅了、尾崎紅葉をして「自分たちの小説が売れなくなる」と慌てさせたほどであった。
田中貢太郎は、『旋風時代』の成功で大衆小説家に一時代を画した。文壇の大御所菊池寛に抗し、「博浪沙」を結成、多くの後進を育成した。井伏鱒二・尾崎士郎・田岡典夫・浜本浩らである。


keigetu.jpg (2409 バイト)大町桂月(1869〜1925)

高知市生まれ。帝国大学で学ぶ。在学中、雑誌「帝国文学」創刊に関与、高山樗牛と親交。博文館に入社し、評論などで活躍する。明治37年与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を批判し、論争を呼ぶ。旅と酒をこよなく愛し、多くのすぐれた紀行文により、十和田湖など各地の自然美を紹介した。最後は熱愛の地、蔦温泉で没。

tanakakoutarou.jpg (2175 バイト)田中貢太郎(1880〜1941)
高知市生まれ。地元で教員・記者などを経て上京。大町桂月宅に寄宿。田岡嶺雲を知る。実録もので知られ、山内容堂、後藤象二郎、中江兆民らを描いた「旋風時代」は大人気となる。怪談ものもよく知られる。
後進の井伏鱒二のよき師でもあった。

田中貢太郎と博浪沙をみる


norio.jpg (1752 バイト)田岡典夫(1908〜1982)
田岡嶺雲の甥。中学・大学は中退、俳優大学を卒業という珍しい経歴を持つ。田中貢太郎との出会いが文学への第一歩となる。「博浪沙」の載せた「しばてん榎文書」を菊池寛に評価され、「強情いちご」で直木賞受賞。土佐の風土に生きる武士の世界を描いた「小説・野中兼山」(毎日新聞出版文化賞受賞)は、その文学の集大成と言われる。
平成14年度秋季企画展「没後20年 田岡典夫」開催(9/12〜10/14)

hamamoto.jpg (2550 バイト)浜本浩(1890〜1959)

松山市生まれ。小・中学時代を高知で過ごす。雑誌「改造」の記者として活躍。アインシュタインを京都案内したり谷崎潤一郎、志賀直哉、佐藤春夫らの担当となる。特に竹久夢二との親交は深かった。記者を辞めた後「浅草の灯」を新聞に連載。新潮社大衆文芸賞を受賞する。浅草もの以外に、幕末土佐に取材した歴史小説など、いわゆる土佐ものも多く書いた。
平成10年度春季企画展「浜本浩とその時代」開催(4/24〜6/14)
   

kotyou.jpg (2992 バイト)馬場孤蝶(1869〜1940)

高知市生まれ。兄は自由民権家の馬場辰猪。「文学界」同人として、上田敏、北村透谷らとともに詩や小説を書く。とくに島崎藤村と親しかった。新体詩「酒匂川」、青春小説「片羽のおしどり」などを発表。樋口一葉を知り、一葉が死ぬまで親交は続いた。大正4年には、本邦初訳のトルストイ「戦争と平和」を刊行。評論によって社会改良活動にもとりくんだ。


森下雨村(1890〜1965)
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佐川町生まれ。早稲田大学時代、長谷川天渓、馬場孤蝶らに師事。大正9年、博文館の雑誌「新青年」の初代編集長になり、辣腕を振るう。海外探偵小説の紹介に努める。江戸川乱歩、横溝正史、甲賀三郎ら多くの才能を発掘、世に送った探偵小説の育ての親だった。自らも「白骨の処女」「青斑猫」などの探偵小説を発表。活躍していたが、昭和
15年家庭の事情などで帰高。佐川町で半農半魚の生活を送りつつ、親友西川退三の遺稿「セルボーンの博物誌」の出版にも尽力。晩年の随筆「猿猴川に死す」は釣り人たちのバイブルとなっている。

平成17年度春季企画展「日本探偵小説の父 森下雨村」開催(4/21〜6/2)


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