●黒岩涙香と万朝報●
| 明治31年から「万朝報」は永遠無休日を宣言し、「世界は今日より万朝報なくては夜の明けぬことと為れり」と宣伝。 「永世無休」の看板を掲げた。 |
<新聞「万朝報」>
明治25年(1892)11月、黒岩涙香によって東京で創刊。紙名「万朝報」は「よろず重宝」にあやかる。 明治36年10月、日露国交の危機に臨んで、非戦を固持する幸徳、堺、内村が退社。 貫いた反権力、新聞小説を通じて大衆への文学の普及、英文欄の創設、平民社の先駆ともいえる「理想団」の結成など、 |
<関わった人々>
| <高知県関係者> <他府県関係者>
※反権力姿勢の「万朝報」だったが、日露戦争開戦のおり、最初は非戦を唱えていたものの、世間の流れが開戦にかたむくにつれて、主戦に転じた。 |