●ゆかりの作家たち●
土佐に刺激を受け、近現代にも多くの文人、作家たちが訪れ、歴史や人と自然に親しみ思索を深めた。
その中から、土佐に関する小説や随筆、詩歌、紀行文など多くの名作が生まれていった。鮮烈に、重厚に、そして詩情豊かに描いた土佐。
どの作品からも土佐を愛し、土佐を見つづけた作家の熱い思いが伝わって来る。
■吉井勇(1886〜1960)
勇は短歌を中心に戯曲、小説、随筆、歌謡など多角的な活動で多くの作を残した。
いずれの作も平明な、艶のある調べで、哀愁を帯びた叙情性を持っている。昭和六年に土佐に遊んだ勇は、私生活の苦悩もあって、土佐隠棲を志した。その後、妻と離婚し爵位を返上。同九年に猪野々(香北町)の渓鬼荘に入った。後、高知市で再婚生活を送り、同十三年京都に移る。土佐は、勇の再生の地であり、新しい歌境を開く地でもあった。
2000年春季企画展「追憶の吉井 勇」展開催(4月15日〜5月28日)
■井伏鱒二(1898〜1993)
井伏は、昭和十五年、若き日の文学修業時代の師であり仲間でもあった、田中貢太郎の病気見舞いに訪れるなど、幾度となく高知を訪れ、土佐に対してはことのほか親近感を抱いていたようである。
人生の哀歓が漂う珠玉の短編「へんろう宿」は、見舞いに土佐を訪れたときの体験をもとにして書かれたものである。
その他、直木賞受賞作「ジョン万次郎漂流記」や「土佐の土居城」など、土佐の人物に取材し、土佐の地を歩いて書いた作品がある。
2008年度春季企画展「井伏鱒二と中・四国路」展開催(4月13日〜5月25日)
■大岡昇平(1909〜1988)
大岡の土佐に関する作品の中でよく知られているものに、長編歴史小説『天誅組』『堺港攘夷事件』の二冊がある。
いずれも時代に先行して散った悲劇の若者、天誅組の吉村虎太郎、堺事件の土佐藩士を主人公にしており、歴史を文学に昇華させた骨格の太い歴史小説として評価が高い。大岡は取材のために度々来高し、史跡やゆかりの地や人々を訪ねるとともに、史実、資料などの綿密な調査を行っている。作中の土佐の情景のみごとな描き方に取材の深さがうかがわれる。
■司馬遼太郎(1923〜1996)
名誉高知県人として県民に親しまれている司馬は、高知の人と風土にひかれ、土佐を題材とした多くの作品を書いた。「竜馬がゆく」を頂点とする長編歴史小説や紀行文「土佐の街道」、エッセーなど高知に関する作品は、司馬作品の中でも群を抜いて多い。 また、講演や取材などにも高知を度々訪れ、気さくな人柄で人や自然に親しんだ。これほどまでに高知にこだわったのは、司馬が考え続けた日本を土佐に見ていたのではないだろうか。
1999年度春季企画展「司馬遼太郎 ─十九世紀の青春群像─」展開催(5月1日〜5月30日)
■高浜虚子(1874〜1959)
虚子は二度にわたって高知を訪れている。
一度目は昭和六年春で、紀貫之邸跡や室戸岬を訪ね、高知市内での句会にも出席している。虚子の来高がきっかけとなり俳誌「芦の芽」がうまれ、さらに「竜巻」へと発展していく。
二度目は昭和二十四年の秋、高知市で開かれた「竜巻」二百号記念大会への出席のためであった。
そのとき、伊野町の紙漉工場、佐川町の旧友を訪ねている。虚子は二回の来高をとおして高知の自然や人に親しむとともに、県内俳句界発展のために大きな刺激と影響を残した。


