平成19年度の発掘調査 1. 土佐国道事務所関係 (1) 高知南国道路 西野々遺跡 (2) 南国安芸道路 徳王子広本遺跡 (3) 高知西バイパス 城ヶ谷山遺跡 (4) 四国横断自動車道関係 坪内遺跡(整理作業) 西山城跡(整理作業) 2. 高知河川国道事務所事業 (1) 波介川河口導流事業 上ノ村遺跡 3. 中村河川国道事務所事業 (1) 中村宿毛道路 坂本遺跡(整理作業)
徳王子広本遺跡
徳王子広本遺跡は香南市徳王子にあり,遠く南に旧赤岡町の町並みと太平洋を望む丘陵端部に立地しています。西約500mの平野部には県内初の弥生時代の堰跡が確認され,数多くの木製品が出土した花宴遺跡(本年度の「発掘へんろ」でも展示)が所在します。本遺跡は,立地的にみて弥生時代の集落が存在するとみられる箇所ですが,後世の削平の影響がみられ,詳細については今後の調査結果を待たなければなりません。 なお,平成19年度の調査は,4月下旬から東側の調査II区で開始し,現在上層の遺構検出が完了し,出土遺物から中世の遺構と考えられます。 また,写真は,高知県立子供の森展望台から4月上旬に撮影したものです。桜の開花を迎えて花見のお客さんが所々に居りました。北西の風が強く,カメラの手ぶれを防ぐのに苦労をしました。 遺構検出写真は上層の中世の遺構と考えられる溝状遺構やピットで,北西方向から撮影しています。写真では不明瞭ですが,手前北西方向から向こう側南東方向に向けて緩やかな斜面になっています。今後,詳しい調査を進めていきます。(07.06.06) 5月中旬に,上面遺構検出状態の撮影を行い(5月の写真),撮影の次の日より遺構調査に着手しました(遺構調査とは遺構を人力で掘り進める調査のこと)。 写真は,調査区西側で検出した土坑です。この土坑の底には一辺30〜40cmのほぼ直方体の角礫が2列に並んでいます。礫の上部と土坑の北壁には熱を受けた痕を確認しましたので,何らかのものを焼成していただろうと推測されます。 次の写真は石組井戸跡で,調査区中央部で検出しました。この井戸の規模は直径約2mとやや小規模なもので,礫の中には一辺40cmの五輪塔の地輪が転用されていました。現在は検出面より約40cm掘削していますが,底は1m以上の深さになりそうです。(07.07.02)
広本遺跡では台風4号の襲来により調査区が水没などの影響を受けましたが,被害は少なく済み,調査を再開することができました。梅雨明けの炎天下の元で中世の遺構精査と下層での遺構検出に励んでいます。写真は調査区の東寄りで発見された掘立柱建物です。中世のものと考えられ,規模は2間×3間で棟方向は東西です。8月に入りII区の調査はいよいよ大詰めを迎えつつあります。(07.08.07)
今月は,盆休みがありましたが,連日の真夏日に見舞われました。気象台の最高気温が真夏日の気温と言っても発掘現場では,今年より制定された猛暑日の日々が続いていると感じました。写真は先月から我々の仲間に参加した補助員さんの夏の作業服です。 発掘調査は上面遺構の再精査に引き続き下層遺構の検出作業を作業員さん一人ひとりの力で行っています。 徳王子広本遺跡の発掘現場説明会の開催を平成19年9月29日(土)に行なう予定ですので,ぜひ発掘現場にお出で下さい。(07.09.14) 9月29日(土)午後1時30分より現地説明会を開催し,約70名の方の参加がありました。今回掲載した写真は2点とも現地説明会の様子です。 遺跡は北から延びる丘陵先端部に位置し,後世の削平の影響も看取されますが,縁辺部に残っていた遺物包含層からは弥生時代から中世にかけての遺物が出土し,調査区全体からは古代から中世にかけての遺構が検出され,かつては弥生時代の住居跡なども存在した可能性が考えられます。 確認された古代の遺構では,掘立柱建物跡と溝状遺構があります。建物跡は小規模かつ最小単位ですが方形の掘方の柱穴で構成され,包含層からは緑釉陶器も出土しており,末端の官衙関連遺構とみることもできます。 中世では,建物跡と桶側を使用した井戸跡などを検出しました。建物跡は小規模ながら一面庇となったもので,県内では検出例の少ないものです。井戸跡は径約2.0m,深さ約2.50mを測り,基底部には割石を三段積み,基底面には玉石を敷いていました。基底部の石積みの上に高さ1.50mの桶側を載せ,その上に石組を設け,上部構造としていました。この構造から考えて中世でも比較的新しいものと考えられます。 (07.10.11)
現場説明終了後,10月に入り焼成土坑跡や石組み井戸跡の精査と下層確認調査を行ないました。井戸跡内部の掘削を進めると,遺構検出面より約40cm掘り進んだ地点で深さ約150p。直径約90pの桶側を確認しました。井戸の半截の結果,桶側は4ヶ所を竹のタガで固定していました。この桶側は礫を3〜4段積んだ上に載せられ,井戸基底面には玉石を敷いていました。井戸跡の底から出土した土器からこの井戸跡は鎌倉時代に埋められたものと考えられます。 II区の調査終了後引き続き,I区の調査に着手しました。 この調査区では東側で中世の遺物包含層が遺存しており,下層上面で溝状遺構20条余りと土坑3基と性格不明遺構2基を確認しました。また,西に向かうに従って中世の遺物包含層の下には古代さらに弥生時代の遺物包含層が確認されており,古代の遺物包含層からは人形が出土しています。これからが調査の本番となります。(07.11.17)
今月はI区東側の上面遺構の調査を終了し,現在西側の上面遺構検出に向けて土層掘削を行っています。 I区東側では,新たに弥生土器を伴う集石遺構を検出しました。何らかの祭祀に関係したものと考えられます。 また,先月紹介した人形について,肉眼では墨書等が確認できなかったため歴史民俗資料館の協力を得て赤外線による判読を試みましたが,結果的には何も書かれていないことが判明しました。また,それ以後は類例の発見には至っていません。 (07.11.30)
今月は,I区西半の上面遺構の調査を行いました。検出された遺構は,南北方向に延びる幅約15m,深さ約60cmの自然流路で,東側の肩はなだらかに上がっており,明瞭ではありませんでしたが,東側は明確な掘り方とともに護岸を行ったとみられ杭列が残存していました。出土遺物は中世の土師質土器が中心でしたが,完形の須恵器の細口壷も出土しています。 この他には鉄製の釘や板材なども出土しています。 調査はこれから最終盤に入り,下層遺構の調査を行う予定で,現在弥生時代から古代の遺物を包含した黒色シルト質粘土層を掘削中で,打製の石庖丁などが出土すると共に下層の砂層から溝跡などが検出されています。 また,弥生時代後期の集石遺構も検出されており,集落縁辺の様相が考える上での資料になるのではないかと期待しています。(07.12.28) 先月に引き続きI区の下層面の遺構調査を実施しています。ここでは,弥生時代と古代とみられる多量の木製品と土器や石器などが出土しています。 木製品では,下駄が1点出土しています。その他には曲物,田下駄,紡錘車,把手,盾(写真)などもみられますが,その大半は建築部材です。 他の遺物には石包丁や叩石等もみられ,昆虫の羽や木の皮なども出土しています。 I区は,2月中旬に下層面の完掘調査を完了し,3月上旬には埋め戻し等を行って調査を終了する予定です。これから行う整理作業によって遺跡の様相がより一層明らかになるものと思われます。 (08.2.14)