平成20年度計画の発掘調査
いずれも国土交通省関係です 1. 土佐国道事務所関係 (1) 高知南国道路 関遺跡 向山戦争遺跡 (2) 南国安芸道路 徳王子大崎遺跡 徳王子前島遺跡 (3) 高知西バイパス 貢山城跡・鎌田遺跡 天神溝田遺跡 2. 高知河川国道事務所事業 (1) 波介川河口導流事業 上ノ村遺跡
過去のデータ・・・・・ 平成19年度・・・・・・・・・・・・・・・・ 1. 土佐国道事務所関係 (1) 高知南国道路 西野々遺跡 (2) 南国安芸道路 徳王子広本遺跡 (3) 高知西バイパス 城ヶ谷山遺跡 2. 高知河川国道事務所事業 (1) 波介川河口導流事業 上ノ村遺跡
上ノ村遺跡
上ノ村遺跡は,高知平野西部を潤す仁淀川右岸に立地する遺跡です。平成16年から調査を開始し,今年で5年目を迎えています。 4月から調査に入っており,発掘調査の状況は6月始め頃に報告します。
四国第3位の規模を持つ仁淀川は,地域社会の大動脈ともなってきました。 昨年度は本遺跡の一部で縄文時代晩期の土器が多量に出土しました。本遺跡では,出土する遺構や遺物の時代がきわめて多岐にわたる点が特徴の1つであることがわかっていましたが,その歴史が縄文時代まで遡ることになりました。 発掘調査5年目を迎える本年度は,昨年度までに古代・中世の掘立柱建物跡群等が出土した県道沿いの調査区の隣区から着手しています。現在のところ,中世・近世の掘立柱建物跡群や井戸跡を検出していますが,特に注目されるのは掘立柱建物群を区画する溝跡です。3〜3.5mの幅を持っているとともに,屋敷地の広さや方向性を知る重要な手がかりとなります。この大溝跡は,出土した土器から室町時代のものとみられます。 当調査区で部分的に下層を確認すると,さらに2層の遺物包含層がみられることから,調査を進めるに従ってさらに古い時代の遺構や遺物が確認されるものと考えられます。 また,5月16日(金)には土佐市波介川小学校の6年生17名が発掘現場の見学と発掘体験に訪れました。(08.6.9)
上ノ村遺跡の発掘調査は昨年度から継続して調査が行われていた1−5区の調査がほぼ終了し,北側に隣接する1−6区の調査に着手したところです。 1−5区では上層から近世〜中世,中世,中世〜古代,古代〜縄文の4面の遺構面が確認できました。特に注目されるのは弥生時代と縄文時代の遺構が確認できたことです。 弥生時代の遺構は溝状土坑とそれに伴う掘立柱建物跡が1棟検出でき,その他柱穴と考えられるピットを検出することができました。残念ながら竪穴住居跡はまだ確認できていませんが,一昨年度の調査で弥生時代の遺構を確認した1−3区との間の部分(1−6区・1−7区)の調査が残っていますので今後の調査を期待したいと思います。 縄文時代の遺構では土坑2基を確認することができました。昨年度の調査では多量の縄文土器が出土していますが明確な遺構は検出できませんでしたので,今回の確認した遺構は貴重な発見となりました。 1−6区は1−3区と1−5区の間を埋める調査区です。現在中世の遺物包含層の掘削に着手したところで青磁や白磁,瓦器などの遺物が出土しています。1−3区と1−5区と同一遺跡の一部と考えられ,中世〜古代の集落の内容がさらに明らかになると考えられます。また,弥生時代の住居跡や縄文時代の遺構の検出にも期待をもって調査したいと考えています。 (08.8.8)
仁淀川沿いの発掘調査区では,江戸時代とみられる石積みの護岸遺構が今夏から見つかっています。 当地では,現在の工事が始まる前からあった堤防の内側に「中堤防」と呼ばれる古くて低い堤防がありました。それについての詳細は知られていなかったため,内部構造や構築時期を確認するための調査を行ったところ,内部から石積みの堤防遺構が出てきました。この堤防遺構の調査を進めていたところ,さらに下に石積みの護岸遺構が埋まっていることがわかりました。 発見された石積み護岸遺構は高いところで4m余りの高さがあり,石材は1mを超える大きなものがあります。自然石を「野面積み」で丁寧に積んでいる造り方からみて,江戸時代前期頃に,土佐藩が関係したものではないかと考えられます。 江戸時代前期以前にさかのぼるこのような遺構の出土・発見例は,本県では初めてです。全国でも3例程度しかなく,最近の発見例では京都・宇治川の「太閤堤」が有名です。名前が示すように,豊臣秀吉が構築を命じたものです。 このように,本遺跡の護岸遺構は,近世以前の治水技術を知ることのできる資料として全国的にも重要です。また,江戸時代前期に土佐で活躍した野中兼山の事業等との関係も今後検討が必要です。(08.10.20) 発掘現場でも風が冷たくなりました。現在,調査は2ヶ所にわかれて行っています。河口に近い調査区で発見された江戸時代の仁淀川護岸とみられる石積みは,遺構を覆っている大量の土砂を取り除いて調査を行っています。現在,少なくとも延長250m分の存在は確認しており,その全貌を徐々に明らかにしています。 もう一方は城山(新居城跡)の麓にあった中〜近世の「ムラ」跡を調査しています。現在は,平安時代の役所や寺,豪族の施設などで使われたと考えられる京都産の緑釉陶器,ほぼ完全な形の土器(杯)3個と赤漆皿,銅銭などが出土した穴(土坑)や,江戸時代の井戸跡などが写真のように出土しており,本遺跡の資料がますます充実しています。(08.12.12) 新居城跡の麓での発掘調査は,大詰めを迎えています。調査の終わった第3遺構面は平安から鎌倉時代と考えられ,大型の柱穴を持つ建物跡や,幅約2mのまっすぐな溝跡がみつかりました。鋭いV字状の断面形が特徴的です。 現在調査中の第4面では,弥生から奈良・平安時代の遺構がみられます。土佐市ではこれまで弥生時代の遺構資料が少なく,成果が期待されます。調査中の遺構の中に,鉄関係遺物が多数出土する弥生時代中期末頃の遺構がありますが,当時貴重であった鉄関連の遺物がまとまって出土する例としては,本県で最も古いものとなりそうです。 また,昨年新たに発見された石積み堤防・護岸跡のある下流側の調査区では,江戸時代の石積み護岸遺構の全体把握に努めましたが,遺構の性格上,仁淀川の伏流水や潮汐の影響に悩まされました。裾部や内部構造の調査は今後に持ち越されます。また,川下に向かって斜めに伸びる突堤状遺構の長さが約40m以上に及ぶことなどもわかりました。 以上のような成果を公開する現地説明会を,来る3月8日に行います。 (09.2.27)