・・・掲載コラム・・・

高知県の縄文時代
       前田光雄

高知県の弥生時代
       出原恵三

絵画銅剣の意義
       岡本桂典

土佐の青銅器
       出原恵三

古墳の話
       廣田佳久

中世城郭の変遷
       松田直則
 

縄文時代
宿毛式・松ノ木式・片粕式

前田 光雄

 縄文時代の生活必需品として石器・骨器・木製品等々多数あるものの,先ず真っ先に頭に浮かぶものが縄文土器といえます。現在の考古学研究者にしても,考古学を研究していくうえで,必需品ともいえるものは土器です。研究の対象として,腐らずに残るものは土器と石器です。
遺跡の年代を知る方法として,化学分析に頼ることもあるものの,考古学研究者は9割方,土器で年代判断をしているのが現状です。石器の形態はその使用目的にかなった機能に比較的規定されるため,変化の度合いが少なく,細かい時期区分の判定には不向きといえます。その点土器は時代時代,時期時期により,形態,装飾が変貌を遂げ,細かい変遷の過程を追うことができ,時期判定の尺度となります。
 といっても,考古学の世界で土器のことなら全て分かっているかというと,残念ながら逆に分かっていないことの方が多いというのが現実です。この世界で土器に詳しい人は尊敬され熱いまなざしで見られるものの,逆の人は冷たい目で見るのが慣わしです。そのためかどうかは知りませんが,遺跡の発掘に携わる調査員は日夜,土器と格闘する羽目になります。考古学の研究対象とする時期は長く,縄文土器,弥生土器,土師器,須恵器,陶磁器等々,一万年以上にも渡る焼き物と調査員はおつき合いすることになるのです。
 かといって一万年間の焼き物全てが分かる調査員がいるはずもなく,大体が縄文土器なら縄文土器の研究で才能は目一杯で,それだけで一生をはかなく終える調査員が大部分です。しかし,行政内の研究者は自分の得意とする時代だけ発掘すれば事足れりということは皆無に近く,皮肉なことに自分の研究対象外の不得意な時代に当たってしまうことの方が多いのです。縄文土器を研究している調査員が中世の遺跡にでも当たると異種格闘技となってしまいます。
 前置きが長くなってしまいました。考古学の概念に「型式」という言葉があります。縄文土器は一万間使われ,縄文土器と一括りするには余りにも多様過ぎます。縄文土器は少しずつではあるが時期・地域により違いがあります。時間的な変化はパッと一目で分かる程大きく変化を遂げる場合もあり,小さな変化の場合もあります。また同時期でも長い日本,北の端から南の端まで同じということはありません。地域的な変化は他の地域とおたがいに色々な影響を受けたり,与えたりの情報の交換のやり取りがあり,縄文土器は大小の変貌を繰り返しつつ,方言のように縄文土器も地方色を持ちます。ある地域で一定の期間使われていたであろう土器群を「型式」の概念で呼び,たとえば宿毛貝塚でそれが最初に確認された場合には,宿毛貝塚の遺跡名からその土器群を「宿毛式」と呼びましょうとの研究者間の暗黙の約束事ができます。天文の場合は発見者の名前が敬意を払って星に名前がつけられるものの,考古学の場合は「悪魔」と言うような個人名がつけられ,ありがた迷惑することはまずありません。人間とは違い愛称で呼ばれることもないのです。
 高知県で有名な型式名は宿毛式・片粕式です。片粕式は土佐清水市のもの。最近県外でも活躍しているものに,松ノ木式があります。売れ筋です。平成2年に長岡郡本山町松ノ木遺跡で確認され,久しぶりの型式名の誕生です。型式名はただ単につければいいと言うものではなく,やはり認知されなければなりません。多くの研究者が唸るような内容と,研究が伴わなければまず取り合ってくれません。折角,型式名を付けても蚊帳の外というケースも多々あります。茶々が入ることもしばしば。それが愛媛県の平城式です。「おらんくの型式名」で威張れるのが宿毛式・松ノ木式・片粕式。3型式共に後期の型式名です。高知県の縄文研究は今,後期が面白いのです。どうして面白いのかと言えば,とにかく量が多いのです。西日本は縄文が少ないと言われてきたものの,後期の段階になると飛躍的に遺跡数は増大し多様性に富んでいます。さらに,一筋縄では行かないこと等々,研究者間で意見が色々分かれ,まだまだ研究課題が多いことがかえって魅力あるものにしています。
 文化果つる僻遠のクニ,高知も縄文文化に関しては満更でもなさそうなのです。

『埋文こうち』第7号 高知県教育委員会 1994 より