絵画銅剣の意義 −香南市野市町兎田八幡宮所蔵の絵画をもつ銅剣の発見の意義−
岡本 桂典
平成5年8月22日の日曜日に香南市野市町兎田の八幡山に鎮座する兎田八幡宮の御宝物の調査を行いました。調査には,高知県立歴史民俗資料館から運営委員岡本健児氏(高松短期大学教授)・筒井作郎副館長・筆者,そして地元からは野市町教育委員長弘田忠士氏,野市町文化財審議会の方々や八幡宮宮司近森友字郎氏,総代小松亮氏などの方々が立ち会いました。 八幡宮は,昭和34年(1959)に火災にあっています。御宝物には消失し原形をとどめないものがありましたが,その中で唯一残存の状況の良い,残存長23センチの弥生時代の細形銅剣1本を拝観することができました。拝観当初は,一般的な細形銅剣と思っていましたが,撮影をするために明るいところでファインダーをのぞき込んで「あっ」と思いました。銅鐸に描かれている絵がこの細形銅剣に鋳込まれていたのです。 銅剣は鋒部が焼失しており,全体に火を受けています。銅剣に鋳込まれた絵画は,刳込下部から関部までの両面右翼部に突画手法で描かれています。片面に「シカ・シカ・サギ・サギ(下半身のみ)」,もう片面には,「カマキリ・カエル・サギ」が鋳込まれており,この絵画に類似する銅鐸に,古階段の福井県出土の井向2号銅鐸などがあります。さて,この鋳込まれた絵画について考えてみると「シカ」は,土地の精霊とされています。「サギ」は,穂落としの神で稲の精霊,「カエル」は,水を呼び雨をもたらす水の精霊,そして「カマキリ」は害虫駆除の稲の守護霊と考えてはどうでしょうか。これらのものは,弥生時代の農耕儀礼−春祭り,秋の収穫,そして雨乞い,虫送り的なものの祭りを表現していると今のところは考えておきたいと思います。この銅剣の年代は,弥生時代前期末から中期初頭のものと考えられます。そして,南四国のような銅鐸の移入の遅れる地域では,銅剣が農耕祭祀にもちいられたのです。さて,これを用いて祭祀を行ったのは,シャーマンでしょう。シャーマンは,変性意識情態で精霊と交信したと考えられます。 物質文明を謳歌してきた現代社会は,近年シャーマニズムや霊的なものに関心が高まっています。従来の物質文明への行き詰まりと反省は新たな人間の意識を生みだそうとしています。この銅剣の出現は,新たなる時代への予兆に思えてなりません。
『埋文こうち』第7号 高知県教育委員会 1994 より