マルク・シャガール展 《出エジプト記》
会期: 平成21年9月15日(火)~11月23日(月)
会場: 第1展示室
観覧料:一般350(280)円・大学生250(200)円 高校生以下無料
* ( )内は20名以上の団体料金
* 年間観覧券(2500円)およびKoMPal会員(5000円)は無料
*身体障害者手帳、療育手帳、障害者手帳、戦傷病者手帳および被爆者健康手帳所持者とその介護者(1名)、高知県及び高知市長寿手帳所持者は無料
シャガールの《出エジプト記》は、旧約聖書の一書『出エジプト記』がモティーフになっています。物語の舞台は、絶対君主パロ(ファラオ)が支配する古代エジプト。奴隷として苦しむユダヤ民族を救うためユダヤの神から遣わされた預言者モーゼの超人的な行為を語っています。パロがユダヤ人の赤子を虐殺することを知ったモーゼの母は、ゆりかごにモーゼを入れ川へ流します。モーゼはパロの娘に拾われ、王子として成長しますが、ユダヤ民族の過酷な労働を見兼ね、神の導きによりパロと対決、ユダヤ民族を救いだします。 シャガールは、モーゼが「杖を蛇に変化させる場面」、「エジプトを闇に覆う場面」、「紅海を分断させユダヤ民族を対岸へ逃がし、追撃したエジプト軍を溺死させる場面」、「神から十戒の石板を授かる場面」、そして「ユダヤ人たちが勝手に黄金で牛を作り偶像崇拝する場面」など、象徴的なエピソードを挿絵に取上げました。1941年にナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の魔手から逃れ、アメリカヘ亡命した経験をもつシャガールにとって、モーゼの物語は、自分の境遇を思いやる象徴的な存在でした。第二次大戦後の回復した平和と自由の素晴らしさを改めて噛み締め、シャガールの挿画本は高貢さと神秘さをたたえる作品となっています。
平成21年度第59回高知県芸術祭共催行事
油彩画
No. |
作 品 名 |
英 名 |
制作年 |
寸法(cm) |
|---|---|---|---|---|
1 |
村の祭り |
The Kermes |
1908 |
68.0×95.0 |
2 |
路上の花束 |
Flowers on the Street |
1935 |
90.2×116.7 |
3 |
花嫁の花束 |
The Bouquet of the Bride |
1934-46 |
81.5×65.5 |
4 |
オルジュヴァルの夜 |
The Night of Orgeval |
1949 |
106.0×64.8 |
版画集《出エジプト記》
1966年 リトグラフ
№ |
作 品 名 |
英 名 |
寸法 |
|---|---|---|---|
1 |
口絵 |
Frontispiece |
50.5×37.0 |
2 |
それからパロの娘はゆりかごを開き、ひとりの男の子がいるのを見た。 |
Then the daughter of Pharaoh opened the arke, and sawe it was a childe. |
50.5×36.9 |
3 |
月日を経て成長したとき、モーゼは同胞のところに戻り、かれらの負担(労役)を見た。 |
And in those dayes, when Moses was growen, he went foorth unto his brethren, and looked on their burdens. |
50.5×37.0 |
4 |
それから主の使いは柴のなかに炎となって彼に現れた。ああ、奇跡だ!柴は焼き尽くされなかった。 |
Then the angel of the Lorde appeared unto him in a flame of fire, out of the middles of a bush; and he looked, and beholde, the bush was not consumed. |
50.5×37.0 |
5 |
彼が大地に杖を投げると、杖は蛇と化しモーゼは逃げた。 |
He cast the rodde on the ground, and it was turned into a serpent, and Moses fled from it. |
50.5×37.0 |
6 |
それから主はアロンに言われた-「行って荒野にいるモーゼに会いなさい。」彼は行ってモーゼに会い、彼に口づけした。 |
Then the Lorde sayde unto Aaron, “Goe meete Moses in the wildernesse.” And he went and met him in the mount of God and kissed him. |
50.5×37.0 |
7 |
かくしてモーゼとアロンは行き、イスラエルの部族のすべての長老たちを集めた。 |
So went Moses and Aaron, and gathered all the Elders of the children of Israel. |
50.5×37.0 |
8 |
それからモーゼとアロンはともにパロに会いに行った。「主はこのように私に語られたのです。私の民を出発させてください。」 |
Then afterward Moses and Aaron went and sayde to Pharaoh, “Thus sayeth the Lorde God of Israel, Let my people goe.” |
50.5×37.0 |
9 |
それからモーゼは彼の手を天にむかってさしのべた。すると深い暗闇が全エジプトをおそった。 |
Then Moses stretched foorth his hande towarde heaven, and there was a blacke darkness in all the lande of Egypt. |
50.5×37.0 |
10 |
それからモーゼは彼の手を海の上にさしのべた。すると海の水は逆流し、戦車や騎兵、パロのすべての軍隊を沈めた。 |
Then Moses stretched foorth his hande upon the Sea… So the water returned and covered the charets and horsemen, even all the hoste of Pharaoh. |
50.5×37.0 |
11 |
そしてアロンの姉、女預言者のミリアムはタンバリンを手に取り、打ち鳴らした。すべての女たちは踊りながら彼女についていった。 |
And Miriam the prophetesse, sister of Aaron, tooke a timbrell in her hands, and all the women came out after her with timbrells and dances. |
50.5×37.0 |
12 |
そしてあなたは岩にふれなさい。そうすれば私の民が飲むことのできる水がわき出るであろう。 |
And thou shalt smite on the rocke, and water shall come out of it, that the people may drinke. |
50.5×36.9 |
13 |
それからアマレクが来て、イスラエルとレピデムで戦った。そしてモーゼはヨシュアに言った-「あなたの男たちを選び、行ってアマレクと戦いなさい。」 |
Then came Amalek and fought with Israel in Rephidim. And Moses sayde to Ioshua, “Chuse us our men, and goe fight with Amalek” |
50.5×37.0 |
14 |
それからモーゼは長老たちを呼び、主が彼に命ぜられたことにかれらを従わせた。 |
Moses then came and called for the Elders of the people, and proposed unto them all these things, which the Lorde commanded him. |
50.5×37.0 |
15 |
あなたはアロンと彼の息子たちに聖油を注ぎ、かれらが聖殿において私に仕えることができるようにかれらを聖別しなさい。 |
Thou shalt also anoint Aaron and his sonnes, and shalt consecrate them, that they may minister unto me in the Priests office. |
50.5×36.9 |
16 |
神は彼に二枚の律法の板、神の指で刻まれた石の板を与えた。 |
He gave him Two Tables of the Testimonie, even tables of stone, written with the finger of God. |
50.5×37.0 |
17 |
それから人々は金の耳飾りをアロンに持って行き、彼はこれをかれらの手から受けとった。アロンはこれを溶かし金の子牛を作った。 |
Then all the people pluckt from themselves the golden earerings, and brought them unto Aaron who received them at their hands, and fashioned it, and made of it a molten calfe. |
50.5×37.0 |
18 |
モーゼの怒りは激しく、彼は二枚の板を山の麓でくだいた。 |
Moses wrath waxed hote, and he cast the Table out of his hands, and brake them in pieces beneath the mountaine. |
50.5×37.0 |
19 |
モーゼは二枚の板の上に契約の言葉と同じ十戒を書いた。 |
He wrote in the Tables the wordes of the covenaunt, even the Ten Commandements. |
50.5×37.0 |
20 |
それからモーゼはイスラエルの子供たちを集めてかれらに言った-「ここに主の御言葉がある。あなた方はこれに従わなければならない。」 |
Then Moses assembled all the Congregation of the children of Israel, and sayde unto them, “These are words which the Lorde hath commanded that ye should doe them.” |
50.5×37.0 |
21 |
ベザレルは二つの金のケルビムを作った。このケルビムはひろげた翼を持ち、互いにむかいあっていた。 |
Bezaleel made two Cherubims of golde, and the Cherubims spread out their wings, their faces were one towards another. Likewise he made the Candlesticke of pure golde. |
50.5×37.0 |
22 |
かれらはまた、主が命ぜられたようにかれらの祭司が聖所で祭司のつとめをするための聖なる服を作った。 |
Moreover they made garments of ministration to minister in the Sanctuarie; they made also the holy garments for Aaron, as the Lorde had commanded Moses. |
50.5×37.0 |
23 |
そしてモーゼはかれらの仕事を見た。彼はかれらが主の命令のとおりにしているのを見て、かれらを祝福した。 |
And Moses beheld all the worke, and beholde, they had done it as the Lorde had commanded; and Moses blessed them. |
50.5×37.0 |
24 |
イスラエルの部族の眼前には、昼間は幕屋の上に主の雲があり、夜は雲のなかに火があった。かれらの旅の間はいつもそうだった。 |
For the cloude of the Lorde was upon the Tabernacle by day, and fire was in it by night, in the sight of all the house of Israel thorowout all their journeys. |
50.5×73.7 |
版画集《出エジプト記》はすべて故・大川功氏の寄贈
特別出品: 山梨県立美術館名品選
当館所蔵のマルク・シャガールの作品《空を駆けるロバ》は、山梨県立美術館で開催される展覧会「イメージをめぐる冒険」出品のため同館に貸し出し中です。 貸し出しの期間中、山梨県立美術館から代替としてバルビゾン派の作品を借り受け、展示しています。
№ |
作家名 |
作品名 |
制作年 |
寸法 |
技法 |
|---|---|---|---|---|---|
1 |
シャルル=エミール・ジャック |
森はずれの羊飼いの女 |
1870-80頃 |
81.2×66.3 |
カンヴァスに油彩 |
2 |
ジャン=バティスト=カミーユ・コロー |
ノルマンディ地方の風景 |
1868 |
12.0×19.1 |
エッチング |
3 |
シャルル=フランソワ・ドービニー |
羊飼い |
1868 |
18.6×12.0 |
エッチング |
4 |
ジャン=フランソワ・ミレー |
オーヴェルニュ地方の糸紡ぎ女 |
1868 |
20.0×12.9 |
エッチング |
5 |
エドゥアール・マネ |
異国の花 |
1868 |
16.0×10.5 |
エッチング |
マルク・シャガール
Marc Chagall (1887-1985)
シャガールはロシア、現在のベラルーシ共和国にある寒村ヴィテブスクの貧しいユダヤ人の家庭に生まれ、帝都ペテルブルグの美術学校で学びました。
1910年から14年までパリに住み、詩人サンドラール、アポリネールらと親交を結びます。キュビスムの空間的効果、ドローネーらの鮮烈な色彩表現に影響を受けましたが、子供の頃の記憶からイメージを引き出し、詩的で豊穣な、シャガールならではの幻想的な様式を展開しました。
1914年、ベルリンの表現主義の牙城シュトゥルム画廊で個展を開催、その後も同画廊と関係を保ち、ドイツ表現主義の運動に影響を与えました。二度にわたる世界大戦の戦火や、ヨーロッパ中を踏みにじったナチ政権によるユダヤ民族迫害、アメリカへの亡命、制作の霊感の源であった愛妻ベラの死去など、さまざまな苦難を乗り越えて画業を深め、世界中の人々に愛と希望を与え続けました。
シャガールは1950年から南仏のヴァンスに定住しました。晩年にいたるまで旺盛な制作意欲を発揮しましたが、1985年に惜しまれつつ死去しました。享年97歳でした。
シャルル=エミール・ジャック
Charles-Émile Jacque (1813-1894)
パリに生まれ、同地で没する。17歳で地図版刻師のもとに弟子入りする。その後イギリスに2年間滞在し、シェイクスピアの挿絵などを手がけた。帰国後は版画家として活躍し、1845年のサロン(官展)に銅版画で初入選。1848年のサロンでは油彩画で入選。1849年にミレーとともにバルビゾン村に移住してからは、油絵を多く手がけるようになる。とりわけ羊の群れや羊小屋の光景を好んで描いた。1854年にミレーとの仲違いが原因でバルビゾン村を去る。1861年のサロンで3等賞、1889年のパリ万国博覧会では金賞を受賞した。
ジャン=バティスト=カミーユ・コロー
Jean-Baptiste-Camille Corot (1796-1875)
パリの裕福な毛織物商の家庭に生まれ、同地で没する。家族の反対もあり、画業に専念できるようになるのは26歳のときだった。古典主義の風景画家ミシャロンとベルタンに学び、1825年、1834年、1843年と三度にわたりイタリア旅行をする。1827年にサロン(官展)に初入選を果たす。その後フォンテーヌブローの森をはじめ、フランス各地を旅行し、風景画家として注目を集めるようになる。1850年頃からは、銀灰色を基調とした詩情あふれる作品を描いて人気を得た。1855年のパリ万国博覧会で大賞を受賞。名実ともに評価を確立した。
シャルル=フランソワ・ドービニー
Charles-François Daubigny (1817-1878)
パリに生まれ、同地で没する。風景画家だった父に絵の手ほどきを受け、早くから画家になることを志す。1836年のイタリア旅行後、ルーヴル美術館で修復の仕事に就く。1838年にドラロッシュのアトリエに入り、同年のサロン(官展)に初入選する。1843年以降たびたびバルビゾン村を訪れた。川や沼や海など、水を題材としていた彼は、アトリエを備え付けた小舟「ボタン号」を考案、オワーズ河やセーヌ川などフランス各地の川に浮かべて、そこで制作した。1860年にはオーヴェール=シュル=オワーズに定住し、戸外制作をつづけた。
ジャン=フランソワ・ミレー
Jean-François Millet (1814-1875)
フランス北西部ノルマンディ地方の村グリュシーに生まれ、パリ近郊のバルビゾン村で没する。1833年にシェルブールで絵を学んだのち、同市の奨学金を得てパリへ行き、当時の人気画家ポール・ドラロッシュのアトリエに入った。初期には肖像画や神話主題の作品を手がけた。1849年にパリの南東に位置するバルビゾン村へ移住。その後も同地に住みつづけ、主に農民画を制作した。1860年代になると画家としての評価は確立し、1867年のパリ万国博覧会では一室を与えられ、1868年にはレジォン・ドヌール勲章を受章した。
エドゥアール・マネ
Edouard Manet (1832-83)
パリに生まれる。はじめアカデミズムの画家クーチュールに学ぶが、なによりルーヴル美術館で過去の巨匠たちを自由な態度で研究することによってその画風を形成した。1863年の名高い落選展に出品されスキャンダルを引き起こした『草上の昼食』で若い画家たちのリーダーとなり、1865年のサロンに『オランピア』を出品、古典的な伝統を近代絵画へとつなぐ役割を果たす。その後も生き生きとした明るい色調と軽快で的確な筆づかいによって、人物を中心にすえた現代生活を主題に多くの名作を描いた。
KoMPal会員(年会費5,000円)、年間観覧券所持者(2,500円)は、無料でご覧いただけます。













