マルク・シャガール展 《エルサレムのステンドグラス》
会期: 平成21年11月25日(水)~平成22年1月31日(日)
会場: 第1展示室
観覧料:一般350(280)円・大学生250(200)円 高校生以下無料
* ( )内は20名以上の団体料金
* 年間観覧券(2500円)およびKoMPal会員(5000円)は無料
*身体障害者手帳、療育手帳、障害者手帳、戦傷病者手帳および被爆者健康手帳所持者とその介護者(1名)、高知県及び高知市長寿手帳所持者は無料
1957年頃からシャガールはステンドグラスの制作を開始し、60年にはエルサレムのハダッサ・ヘブライ大学医療センターのシナゴーグ(ユダヤ教会)のステンドグラスを受注しました。これはイスラエルの12の部族を主題にした12枚の作品で、翌年に完成し、荘重な表現と深い色彩は多くの人々に感銘を与えました。 《エルサレムのためのステンドグラスの12点の下絵》は、このステンドグラスのためにシャガールが描いた下絵を、シャガールが信頼を置く版下画工シャルル・ソルリエが模刻し、リトグラフとしたもので、いわゆる「ソルリエ版」と呼ばれるものの代表的な作品です。 。
油彩画
No. |
作 品 名 |
英 名 |
制作年 |
寸法(cm) |
|---|---|---|---|---|
1 |
村の祭り |
The Kermes |
1908 |
68.0×95.0 |
2 |
空を駆けるロバ |
The flying Donkey |
1910 |
55.0×46.4 |
3 |
路上の花束 |
Flowers on the Street |
1935 |
90.2×116.7 |
4 |
花嫁の花束 |
The Bouquet of the Bride |
1934-46 |
81.5×65.5 |
5 |
オルジュヴァルの夜 |
The Night of Orgeval |
1949 |
106.0×64.8 |
※《空を駆けるロバ》は貸し出し中のため、11月29日(日)からの出品となります。
版画集《エルサレムのためのステンドグラスの12点の下絵》
1964年 リトグラフ
№ |
作 品 名 |
英 名 |
寸法(cm) |
1 |
巻頭の挿絵 |
Illustration of Opening Page |
38.0×33.0 |
2 |
ルベン族 |
The Tribe of Ruben |
62.0×46.3 |
3 |
シメオン族 |
The Tribe of Simeon |
61.5×46.5 |
4 |
レヴィ族 |
The Tribe of Levi |
61.5×46.0 |
5 |
ユダ族 |
The Tribe of Juda |
62.0×46.3 |
6 |
ゼブルン族 |
The Tribe of Zabulon |
62.0×46.1 |
7 |
イサカル族 |
The Tribe of Issachar |
62.2×46.5 |
8 |
ダン族 |
The Tribe of Dan |
61.8×46.3 |
9 |
ガド族 |
The Tribe of Gad |
62.0×46.3 |
10 |
アシュル族 |
The Tribe of Asher |
61.8×46.2 |
11 |
ナフタリ族 |
The Tribe of Nephtali |
61.7×46.3 |
12 |
ヨセフ族 |
The Tribe of Joseph |
62.0×46.5 |
13 |
ベニヤミン族 |
The Tribe of Benjamin |
61.5×46.0 |
14 |
巻末の挿絵 |
Illustration of Ending Page |
26.5×34.0 |
単品の版画
№ |
作 品 名 |
英 名 |
制作年 |
寸法(cm) |
1 |
モーゼ |
Moses |
1956 |
34.5×25.5 |
2 |
ダビデと天使 |
David and Angel |
1963 |
71.0×51.0 |
3 |
画家の夢 |
The Painter's Dream |
1967 |
74.2×56.4 |
4 |
神の御姿を見るモーゼ(第2ステート) |
Vision of Moses |
1968 |
56.3×75.5 |
5 |
預言者エリア |
The Prophet Elijah |
1970 |
32.5×25.0 |
6 |
モーゼと天使 |
Moses and the Angel |
1970 |
32.2×25.0 |
7 |
ヤコブの夢 |
Jacob's Vision |
1971 |
77.5×53.4 |
8 |
イヴ |
Eve |
1971 |
75.5×62.0 |
9 |
聖書の場面(ヤコブ) |
Biblical Scene (Jacob) |
1971 |
64.0×51.0 |
10 |
ダビデ |
David |
1973 |
15.5×12.0 |
11 |
ダビデ王 |
King David |
1973 |
31.5×24.5 |
12 |
モーゼの夢 |
Moses' Visions |
1973 |
78.0×63.5 |
13 |
寺院 |
The Temple |
1973 |
81.0×66.0 |
14 |
預言者 |
The Prophet |
1974 |
69.0×53.0 |
15 |
画家と聖書のテーマ |
The Artist and the biblical Theme |
1974 |
37.5×57.5 |
16 |
トーラを持つ男 |
The Man with the Thora |
1975 |
60.0×40.0 |
※今回出品のシャガールの版画作品はすべて故・大川功氏の寄贈です。
マルク・シャガール
Marc Chagall (1887-1985)
シャガールはロシア、現在のベラルーシ共和国にある寒村ヴィテブスクの貧しいユダヤ人の家庭に生まれ、帝都ペテルブルグの美術学校で学びました。
1910年から14年までパリに住み、詩人サンドラール、アポリネールらと親交を結びます。キュビスムの空間的効果、ドローネーらの鮮烈な色彩表現に影響を受けましたが、子供の頃の記憶からイメージを引き出し、詩的で豊穣な、シャガールならではの幻想的な様式を展開しました。
1914年、ベルリンの表現主義の牙城シュトゥルム画廊で個展を開催、その後も同画廊と関係を保ち、ドイツ表現主義の運動に影響を与えました。二度にわたる世界大戦の戦火や、ヨーロッパ中を踏みにじったナチ政権によるユダヤ民族迫害、アメリカへの亡命、制作の霊感の源であった愛妻ベラの死去など、さまざまな苦難を乗り越えて画業を深め、世界中の人々に愛と希望を与え続けました。
シャガールは1950年から南仏のヴァンスに定住しました。晩年にいたるまで旺盛な制作意欲を発揮しましたが、1985年に惜しまれつつ死去しました。享年97歳でした。
特別出品: シャガールと同時代の画家たち
№ |
作家名 |
作品名 |
制作年 |
寸法 |
技法・支持体 |
1 |
ヴァシリー・カンディンスキー |
「ファウスト」第Ⅱ部アーリエルの場 |
1908 |
41.0×33.0 |
カードボードに油彩 |
2 |
コンポジション |
1922 |
27.9×24.4 |
リトグラフ |
|
3 |
パウル・クレー |
故郷 |
1929 |
28.4×37.5 |
カンヴァスにマウントした紙に油彩、水彩 |
4 |
内なる光の聖女 |
1921 |
31.1×17.5 |
リトグラフ |
|
5 |
ホフマン風の情景 |
1921 |
31.7×23.0 |
リトグラフ |
|
6 |
綱渡り師 |
1923 |
22.5×16.8 |
エッチング、リトグラフ |
ヴァシリー・カンディンスキー
Wassily Kandinsky (1866-1944)
モスクワに生まれる。モスクワ大学で法律と経済学を学んだ後、画家に転身。1897年からミュンヒェンで美術を学ぶ。「ベルリン分離派」、「ドイツ美術家同盟」などの進歩的な集団に加盟。同郷のヤウレンスキーらと「ミュンヒェン新芸術家協会」を設立、これをもとにフランツ・マルクらと1911年に「青い騎手」を設立する。この時期最初の抽象絵画を制作。第一次世界大戦中はモスクワに帰還。1919年には同地に新しく設立された国立美術館の指導者となり、1920年には美学の大学教授となったが、ソ連の文化行政に幻滅し、1921年の終わりにドイツに戻り、翌年ヴァイマルのバウハウスに召喚される。1925年から1932年までデッサウ、1933年の夏にナチにより学校が解散させられるまでベルリンでその教授陣に所属。「形態のマイスター」として壁画の指導にあたる。1928年から1932年まで絵画コースを担当。1933年にフランスへ亡命。晩年はパリで制作した。ヌイイで没。
パウル・クレー
Paul Klee (1879-1940)
スイス、ベルン近郊のミュンヒェンブーフゼーで生まれる。1898年以来ミュンヒェンで美術を学ぶ。1901年にイタリア、1905年にはパリを訪れる。その間に細密な解剖学的習作や最初のエッチングが成立。1906年にミュンヒェンに定住、1912年に「青い騎手」に加わる。同年、パリでドローネーと出会うが、それが更なる展開への契機となる。1914年にマッケらとチュニジアを旅行し、以後新たな色彩表現による独特な作品を制作。1916年から18年まで兵役につく。ヴァルデンの「シュトゥルム」で共同作業。1920年から31年までバウハウスのマイスターを務める。22年からは芸術的な製本を、また翌年からはガラス絵を指導。バウハウスは1925年にデッサウに移り、ここではクレーは27年から29年まで織物の講義を担当。絵画の講義はようやく1928年から担当するようになった。1931年にデュッセルドルフのアカデミーの絵画コース教授に迎えられる。ナチの政権奪取に伴い政治的に教職が制限され、故郷のベルンに帰還、病苦のなかで制作を続けた。ロカルノ近郊ムラルトで没。
KoMPal会員(年会費5,000円)、年間観覧券所持者(2,500円)は、無料でご覧いただけます。













