| YASUHIRO ISHIMOTO Yamanote Line, Tokyo |
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![]() 石元泰博「東京 山手線・29」から 1981 ©Yasuhiro Ishimoto |
高知県立美術館コレクション展 石元泰博フォト・ギャラリー 東京、山手線 2009年1月17日(土)~2月28日(土) 開催時間|午前9時から午後5時まで(入場は4時30分まで) 会場|高知県立美術館 1階第4展示室 観覧料|一般350円(280)円・大学生250円(200円)・高校生以下無料 *( )内は20名以上の団体料金。 *「高知県立竜宮城」展観覧券(半券付、期間中有効)をお持ちの方は無料でご覧いただけます。 *身体障害者手帳、療育手帳、障害者手帳、戦傷病者手帳及び被爆者健康手帳所持者とその 介護者(1名)、高知市及び高知県長寿手帳所持者は無料。 *高知県立美術館メンバーシップKoMPal会員及び年間観覧券ご持参の方は無料。 |
日本を代表する写真家、石元泰博は、1921(大正10)年、アメリカ、サンフランシスコに生まれました。24(大正13)年に両親と共に高知に戻りますが、その後単身渡米し、シカゴで写真を学びます。以来、石元氏の制作活動は半世紀以上にわたることになりますが、中でも「東京」は、現在も氏が過ごす生活の場として特に重要なモティーフとなりました。53(昭和28)年に再び来日してから、石元氏は首都東京を精力的に撮影し、高度経済成長を背景にダイナミックに変貌する都市をファインダーから見つめ続けてきました。一昨年発表された最新作「シブヤ シブヤ」も、渋谷のスクランブル交差点で信号待ちをする人々の後姿を撮影した、現在の東京を活写するものでした。 今回は、1980年代の東京、山手線沿線の街を写したモノクロームの連作「東京 山手線・29」を中心に、80点の作品を展示いたします。「バブル」期の虚栄と、戦後も変わらぬ下町の営みの対比に、時代を凝視する石元氏の写真芸術の真髄を見ることができるでしょう。 |
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石元泰博 Yasuhiro Ishimoto 1921(大正10)年、アメリカ、サンフランシスコに生まれる。1924年に両親とともに高知へ戻る。39(昭和14)年に高知県立農業高校を卒業後、単身渡米。収容所生活を経験した後、48年にシカゴインステイテュートオブ・デザイン(通称ニューバウハウス、のちにイリノイ工科大学に編入)でデザインや写真技法を学ぶ。52年、イリノイ工科大学卒業。53年に来日し、桂離宮に大きな感銘を受け撮影を始める。54年、タケミヤ画廊にて初個展を開催する。58年に渡米し、連日シカゴの街並みを撮影する。62年からは東京総合写真専門学校、東京造形大学などで写真教育に携わる。69年に日本国籍取得。主な写真集として『ある日ある所』(58年)、『シカゴ、シカゴ』(69年)、『桂』(70年)、『伝真言院両界曼陀羅』(77年)、『伊勢神宮』(95年)、『色とかたち』(03年)などがある。主な個展歴として62年「シカゴ、シカゴ」(日本橋白木屋)、77年「曼陀羅」展(西武美術館)、80年「睡蓮」展(国立国際美術館)、「記憶の現在展」(東京国立近代美術館フィルムセンター)、「シカゴ、東京展」(東京都写真莫術館)、2001年「石元泰博写真展1946-2001」(高知県立美術館)など多数。93年に勲四等旭日小綬章受章。96年に平成8年度文化功労者に選ばれる。05年6月、紺綬褒章を受章。同年11月、高知県文化賞を受賞。 |
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| 【同時開催】 追悼・筒井広道 |
| 日展会員や高知県展理事長などを務めた高知県洋画界の重鎮で高知大名誉教授の洋画家、筒井広道(つつい・ひろみち)先生が2008(平成20)年10月31日午前0時38分、心不全のため高知市内の病院で逝去されました。96歳でした。 1993(平成5)年の高知県立美術館開館に際し、設立準備のための「文化振興専門者会議」委員や県民有志による「高知県立美術館建設期成同盟会」会長を務められるなど、当館の活動にも多大なご協力を賜った筒井先生のご冥福を、心からお祈り申し上げます。 |
| 作品名 | 英語名 | 制作年 | 寸法 | 技法 |
| 海と子供達 | Children and the Sea | 1940 | 91.0×116.7 | カンヴァスに油彩 |
| 夏の日 | Summer Day | 1948 | 91.0×116.8 | カンヴァスに油彩 |
| 菜の花を持つ | Holding Rape Blossoms | 1956 | 91.0×72.8 | カンヴァスに油彩 |
| 麦秋の丘 | Hill of Barley Harvest | 1967 | 82.9×115.2 | カンヴァスに油彩 |
| 寺院の見える風景 | Landscape with Temple | 1968 | 112.5×146.0 | カンヴァスに油彩 |
| 海辺の集落 | Seaside Village | 1981 | 38.0×46.0 | カンヴァスに油彩 |
| 少年と犬 | Boy and Dog | 1985 | 162.0×130.0 | カンヴァスに油彩 |
| 海辺の景 | Seascape | 不詳 | 160.0×129.0 | カンヴァスに油彩 |
| 筒井広道 Hiromichi Tsutsui 1912―2008 高知県芸西村に生まれる。1932年、東京美術学校に入学し、小林万吾に師事。1936年、改組文展に初入選、以後新文展、日展に数回入選を続ける。1937年、東京美術学校西洋画科卒業。安井曾太郎の影響を受けキュビスム風の作風から堅牢な写実主義に画風が変遷する。1941年、第3回一水会展に初入選、以後数回入選を続ける。1949年、一水会賞受賞。第5回日展で特選受賞。1950年、一水会の会員になる。1951年から1990年にかけて高知県展洋画部門の審査員に加わる。1960年、一水会委員になる。1966年、第17回高知県文化賞受賞。1983年、日展洋画部審査員になる。1984年、日展会員になる。1986年、高知県展で県展功労者表彰。1996年、出身地芸西村に筒井美術館が開館。2005年、四国地域における芸術文化振興への多大な貢献が認められ、よんでん芸術文化功労賞を受賞。2008年10月31日午前0時38分、心不全のため高知市内の病院で逝去。享年96歳。 |