
高知県立歴史民俗資料館:ホーム > 旧味元家住宅主屋

旧味元家住宅主屋は、四万十川(しまんとがわ)の上流、津野町(旧東津野村北川)から移築した山村民家の主屋です。いろりの煙で黒く煤(すす)けた梁(はり)や柱は、この家が経てきた長い年月をものがたります。
| 項目 | 内容 |
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| 移築もと | 高知県高岡郡津野町 |
| 大きさ | 建築面積64・ 桁行6間・梁行3間半 |
| 構造 | 木造平屋建(ひらやだて)・茅葺(かやぶき)・入母屋造(いりもやづくり) |
| 間取り | 広間型 |
| 紀年銘 | 天保3年(1832年) |
| 移築年 | 平成3年(1991年) |
| 登録年月日 | 平成12年4月28日 |
※登録有形文化財制度は、私たちの身近にある古き良き建造物を残す支援制度です。
文化財を保存しつつ積極的に活用しようというものです。
![]() 旧所在地での民家遠景 ※一番高い所にあるのが旧味元家 |
平地の少ない山村では、山の斜面を切りひらき石垣を築いて家の敷地を確保してきました。歴民館に移築したのは主屋だけですが、移築前の敷地には納屋(なや)や便所なども並んでいました。敷地は二段に分かれ、下の段には主屋より一回り小さい「隠居(いんきょ)」が建っていました。主屋には若夫婦ら、隠居には親夫婦らが暮らしていました。 |
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![]() 家屋配置図 |

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| いろりを囲んで家族が食事をしました。いろりの周りに座る各人の位置は決まっていました。いろりの火で暖をとりながら、糸紡(つむ)ぎなど夜なべもしました。 | 自在(じざい) いろりの上に吊し、鍋などを掛ける道具。高さを自在に調節し、火力を加減することができる優(すぐ)れ物です。魚の形は火事除けのまじないといわれます。この自在鉤(じざいかぎ)の材料には、縁起をかついで松竹梅が使われています。 |
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| 作業の場として使われました。大小ふたつのクド(かまど)があり、小さなクドでは豆腐やこんにゃくを作りました。大きなクドでは、紙の原料の楮(こうぞ)や三椏(みつまた)を蒸しました。 |
クドと蒸桶(むしおけ) 山村では、紙の原料の楮や三椏を栽培し、冬の間にそれらを蒸して皮を剥(は)ぐことが生業のひとつとなっていました。味元家の土間にある大きなクドと蒸桶は、そのための設備です。屋外にも設置されますが、味元家では寒さを避けるため土間に作られていました。 |
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「ぼろかくし」といって、押入(おしいれ)的に使いました。赤ん坊を生むときは「産室」になりました。 |
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| 氏神を祀る床と先祖の位牌を祀る仏壇が並んでいます。 |
昔は解体した家屋の古い材で新しく家を建てることがあり、この家も古材が使い回しされています。古民家は釘を使わない組み手の技術で建てられ、解体・再利用しやすくなっています。移築にあたっては、材に記号が書き込まれて歴民館の敷地で元の通り組み立てられました。改造部分は、可能な限り建築当時の姿に復原されました。

※参考文献
「近世考古学と民俗学-高知県東津野村北川、
味元三猪家民家移築に伴う考古学的調査を例として-」
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発掘調査では、地搗(じつ)きの様相が確認されました。盛土されたことを示す多量の礫(れき※小石のこと)を含む層が見つかったもので、「地搗きの時に小石を入れる」との聞き取り調査と一致しました。また、柱の痕跡が残る礎石(そせき)や芋穴(いもあな)などの遺構(いこう)も確認されました。
![]() 礎石(北西より撮影) |
![]() 地搗き土層断面(東より撮影) |
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![]() 礎石に残る柱跡 |
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![]() 破風の下に茅を押し込む |
茅葺き屋根は、20~30年に一度は葺き替えが必要で、村人が助け合って葺きました。そうした協同作業は「結(ゆ)い」と呼ばれます。屋根の四隅(よすみ)を葺くのは特にむずかしく、上手な人が受けもちました。 屋根用の茅は、村人が共有する山などで刈り、ツシ(天井裏)などで保存しました。 |
![]() 屋根を葺き替えた民家 平成20年(2008年) |
民家の茅葺き屋根は傷みが激しくなっていたため、平成20年11月、葺き替え普請が行われました。東津野村のお隣、梼原町の職人さんとボランティア述べ約300人、24日間で葺き替えられた民家は、小学生の昔のくらしの学習などに利用されています。 |





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